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第30回島清恋愛文学賞
上田岳弘さん「最愛の」
一穂ミチさん「光のとこにいてね」
金沢学院大学で選考会
金沢学院大学が主催する第30回島清恋愛文学賞は7月11日、上田岳弘さん(45)の「最愛の」(集英社)と一穂ミチさん(46)の「光のとこにいてね」(文藝春秋)に決まりました。インターネットの普及やコンプライアンス、セクハラなどが世間で騒がれ、恋愛に対して消極的な人が多くなっている現代社会で、両作品とも新しい恋愛の形、人と人の関係性を描いているところが評価されました。2作品同時受賞は2016年度の第23回以来3回目。贈呈式は9月中旬、金沢学院大学で受賞者2人が出席して行われる予定で、賞金は各50万円となります。
多義的に読める面白さ
普通の恋愛観にとらわれない自由さ
作家の島田雅彦さん、村山由佳さん、桜木紫乃さん、秋山稔金沢学院大学長が委員を務め、学生有志10人が見守る中、同日、金沢学院大学で開催された選考委員会で学生が選んだ3作品の中から2作品を決定しました。両受賞者は電話取材に応じ、上田さんは「SF風の作品などを書いてきた。全く違うジャンルの恋愛小説に挑戦した今作品を選んでいただき、うれしい」、一穂さんは「尊敬する三浦しをん先生も受賞されている賞に、自分も選ばれるとは思ってもいなかったので光栄だ」と喜びを語りました。
上田さんは、20代で書いた自身の小説をベースに「最愛の」を書き、40代になった現在、20代は遠くもあるが、大事なものとしてとらえ、手紙などのノスタルジックなツールを登場させて文学性を追求したといいます。作家とパソコン関連の会社役員の二足のわらじをはく生活をしていることについて「働きながら書くことは時代や社会の〝リアル〟に巻き込まれる面白さがある」と話しました。
一穂さんの「光のとこにいてね」は、幼馴染の女性2人の四半世紀にわたる関係性を2人の視点で交互に描き、友情とも恋愛とも取れる不思議で強い結びつきを描いています。一穂さんは「多様性の時代であり、恋愛に重きを置かない人生や、性別にとらわれない恋愛があって良い。だれかとだれかの間にある感情はどんなものでも尊い」と現代人の複雑化する感性や生き方を表しました。
選考に当たった島田さんは「選考は活発かつ辛らつに行われた。両作品とも、恋愛に及び腰になっている時代にどう恋愛するか可能性を示し、多義的に読めるところが良かった」と講評しました。村山さんは「恋愛小説賞の冠だが、島清はふたを開けてみないとわからない自由さがある。受賞の2作品は、時代の恋愛のとらえ方が透けて見える」と選考を総括しました。
選考委員会に先立ち、5月から同文学賞推薦会議が学内で行われ、文学部日本文学専攻の学生約20人が応募の23作品の中から選考委員会に推薦する3作品を選びました。会議には水洞幸夫副学長、蔀際子文学部長、島清恋愛文学講座を担当する羽鳥好之特任教授も加わって作品を吟味しました。大学、学生が関わる文学賞は全国的に珍しく、毎年、大きな注目を集めています。
【うえだ・たかひろ】
1979年生まれ、兵庫県明石市出身、早大法学部卒。2013年「太陽」で新潮新人賞を受賞してデビュー。18年「塔と重力」で芸術選奨文部科学大臣賞新人賞、19年「ニムロッド」で芥川賞、22年「旅のない」で川端康成賞など多数受賞。
「最愛の」
中学時代に知り合った僕(久島)と彼女は離れ離れになるが、高校、大学を通して文通を続けていた。久島は外資系通信機器メーカーに勤め、渋谷で出会った男の「自分だけの最愛のなにかを造り出して、独り占めにすることこそが最高の贅沢なんだ」という言葉に導かれ、彼女との記憶を誰にも見せない自分だけの文章に綴り始める。
【いちほ・みち】
1978年生まれ、大阪府出身、関西大学社会学部卒。2021年「スモールワールズ」で吉川英治文学新人賞を受賞。22年、芸術活動などを通じて大阪の文化振興に貢献した個人や団体に贈られる「咲くやこの花賞」の文芸その他部門を受賞。
「光のとこにいてね」
裕福な家庭の結珠と、シングルマザーと団地で暮らす果遠という二人の女性の四半世紀にわたる心のふれあいを描いたストーリー。ママから医者の妻になるよう強要される結珠、お母さんの行き過ぎた自然派志向で周囲から孤立する果遠。母親からの抑圧を受けて育った二人が大人になり再会し、どうしようもなく惹かれ合っていく。
〈島清恋愛文学賞〉
大正時代に活躍した作家、島田清次郎(しまだ・せいじろう、1899~1930)の顕彰を目的に、94年に出身地の旧美川町が制定した。合併で運営を継承した白山市が2012年に廃止を決めたが、民間団体「日本恋愛文学振興会」が引き継いだ。14年から金沢学院大学が運営母体となり、20年から主催となった。